2004年9月20日月曜日

再見ウルムチ!


 ウルムチとは新疆ウイグル自治区の省都である。天山山脈からの雪解け水がこの地を潤し、大都市となった。この都市も他のシルクロードの都市の例に漏れず、ゴビの中に浮かぶ島のような都市だ。
 しかし、ここもまた、日本の小さな地方都市など比較にならないくらいの大都市だ。中心部にはビルが立ち並び、高速道路が街を縦に貫く。

 僕はホータンから寝台バスにはるばる揺られてこの街にやってきた。出発したのは前々日の夕方。実に30時間くらいかけて深夜にようやくこの街にたどり着いた。

 ウルムチの名物は新疆ウイグル自治区博物館だ。僕は翌日早速博物館に向かった。あいにく博物館は現在拡張工事中のようで、ごくごく一部分だけの公開になっていた。ただ、有名な楼蘭美女(楼蘭という遺跡で発掘された女性のミイラ。骨格から分析すると大変美人なようで、現在でも歌の題材にされるくらい有名である)は見ることができたし、一応満足することが出来た。

 満足はしたものの、何か物足りない。カシュガルのウイグル人レストランでのことや、カラクリ湖の出来事、ホータンのヨーグルト屋での出来事のように心が浮き立つようなそんな感じがない。冷たい都会のようなものを感じるのだ。有名な二道橋バザールを歩いていてもその冷たい感覚は拭えない。カシュガルのバザールもそうだったが、観光地化されたバザールでは言葉にはしづらいが、何かがかけているのだ。

 明日、早朝に僕は飛行機でウルムチを発つ。ウルムチから広東省シンセンまでひとっ飛び。広東省にすむ姉に会いに行くのである。シルクロードとも今日でお別れ。少し感傷的な気分になりながら、僕は町をうろうろと歩き続けた。


ウイグル人街と遠くに立ち並ぶ高層ビルが対照的だった
                  

 夕飯は、ホテルの近くの屋台でとることにした。いわゆる火鍋というやつで、頼んだ野菜やお肉を鍋で茹でてもらってから食べる。脂っこいものに飽きたときはこれが一番だ。そうして頼んだ野菜や肉をつついていると、となりに座った男性一人と女性二人の学生グループがなぜか興味を僕に持ったようで、声をかけてきた。
「僕は日本人だ。あなたの言っていることはわからない」
僕がようやく少し覚えた中国語で喋ると、向こうも納得したらしい。
「ここに何をしにきた。留学か?」
だから中国語はわからんというとるやんけ―と思わず突っ込みたくなるが、彼らはそんなことはお構いなし、とばかりに中国語でさらに話しかけてきた。もっとも、このパターンの会話は今まで幾度となく繰り返してきたので、さすがに僕も聞き取れたのだが。

「旅行だ」
「どこに行ってきた。新疆は楽しかったか」
こんな会話をしていると、いつものパターンといえばそうだが、また男が僕のギターを指し、「これは何だ」と聞いてきた。さあ来たぞ。ウルムチに向かうバスの中でも退屈をもてあましていた僕は、例によってギターを披露していた。連日のことなので、さすがにもうなれていたのだ。

 歌い終えて、彼らや周りの人に大きな拍手をもらうと、僕らはすっかり打ち解けていた。すると、男のほうが「いま僕らの大学でダンスパーティをやっている。君も来ないか」と誘ってきた。
 冷たい感覚に支配されていた僕に、にわかに心浮き立つようなきもちが戻ってきた。
「もちろん―」

 こうして僕は彼らの後についていった。大学は僕の泊まっているホテルのすぐとなりにある。門を入って校舎を抜けていくと、バスケットコートのようなところに学生が結構集まっている。ラジカセから音楽を流して学生たちが踊っていた。ものすごく健全な雰囲気だった。
 曲の合間に、日本から旅行に来たやつだ、と皆に僕を紹介してもらって早速僕もダンスに参加してみた。
 日本でも踊ったことなんてないのに―
そうは思ったが、強引に引っ張られるし仕方がない。だいいち、今日はシルクロード最終日なのだ。

 楽しいひと時はあっという間にすぎた。どうやら僕らが加わったときにはすでにパーティが終わりかけだったみたいだ。それで、何か名残惜しそうにみんなが残っているのでまた一曲披露してくれ、ということになった。
 何曲か歌いながら、
こうして歌うのも今回が最後だろうな―という思いが僕の頭をかすめた。

 歌い終わると皆で写真を撮って、解散した。ただ、最初の3人組だけは僕をホテルの部屋まで送ってくれた。やっぱり名残惜しかったが、僕らは分かれた。


ウルムチの大学生たち


 次の朝のフライトは8時くらいだった。朝の5時くらいにホテルを出なければならない。早く眠らなければ―とは思ったが、なぜかシルクロードでのいろいろな思い出が去来してなかなか寝付けない。蘭州や安西の風景、敦煌の砂漠と莫高窟、トルファンのサバクホテル、カシュガルのウイグル人街、カラクリ湖、ホータンのヨーグルト屋―どれも鮮やかな記憶のまま僕の頭を回り続けた。

 結局朝まで眠ることは出来なかった。タクシーで空港に向かう。何の問題もなく、飛行機はゴビから離陸した。
 シルクロードはもう十分満喫した、なんて嘘だ。

再見、ウルムチ。再見、シルクロード―

 僕は遠くなるウルムチを、ゴビの上に浮かぶ島を見つめ続けた。

                  (シルクロード編 了)