2004年9月3日金曜日

サバクホテル-トルファン


 電車は、夜明け前5時ごろにトルファン駅に滑り込んだ。僕は、敦煌駅で出会った一人旅のスペイン人マルクと一緒に駅に降り立った。
 闇の中で、人がうごめいていた。中国の駅前ではもはやなじみの光景だ。うごめいていた、といっても別に移動をしていたわけではない。電車を待ちながら駅前に大きな荷物と一緒に座り込んで、タバコを吹かしたり、子供に小便をさせたり、とにかくいろいろ細かい動きをしているのだ。それが、闇の中では妙に不気味なうごめきとして僕の目には映った。
 見上げれば、降るような星空だった。今まで、宿泊しているホテルは街中だったから日本とおんなじで星なんかほとんど見えない状況だった。夜明けの駅前で、おもいもかけない光景に出くわす。
 有象無象の人々の群れと、澄んだ星空。夜行電車で睡眠不足の僕には不思議に神秘的な光景に思えた。


 マルクと僕は、すぐにトルファンのホテルの客引きに捕まった。トルファンの鉄道駅から町までは車で約一時間の距離がある。さすがにこの時間には公共のバスも動いていないので、車で市内のホテルに連れて行ってくれる彼らは旅行者にとって便利な存在である。ホテルから紹介料をもらってるのであろう、値段もバスと同じかそれより安い(8.5元)。
 最初に客引きに捕まった僕らは、7人乗りほどのワゴンがいっぱいになるまで車内で待っていた。スンヨプとはそこで再会した。


 スンヨプと最初に出会ったのは、敦煌での僕の宿、飛天賓館のドミトリーである。何のきっかけだったか、話をして、日本人だらけの部屋でいづらそうにしている彼を誘って食事に出たのがきっかけで仲良くなった。スンヨプは韓国人である。ロッテの選手と同じ名前なのですぐに覚えた。
 兵役を終え、大学院生の彼は夏休みを利用して旅行に来ているそうである。ビールとタバコが好きで、控えめだが他人への心配りは忘れない東洋人的性格を持った人だ。
 不思議なもので、旅行先で韓国人と出会うと、僕にとっては拙い英語で会話をするのだが、後で思い返してみると外国人と話した気がしない。緊張が少なく、非常に自然な会話をした記憶のみが残るのだ。それだけ、日本人と韓国人は感覚的に近いものをもっているのかもしれない。
 
 スンヨプに関しては、こんなエピソードもあった。この日の晩のことなのだが、トルファン一日観光をした僕は夜行列車の疲れと、程よくビールが入ったことでドミトリーのベッドに戻るなり眠りに落ちてしまった。貴重品袋はさすがに身につけたままだったが、2,300元ほど入った財布をほうり出したままで。スンヨプは、必死で僕の体をゆすって起こしてくれたらしいが、夢の世界にしずんでしまった僕は全く反応しない。弱りきった彼は僕のために財布を人からは見つかりづらいように隠しておいてくれたのである。
「ほんっとに、いくら起こしても全く反応がないからどうしようとかと思ったんだよ」
起きた後に、スンヨプはそういって「しょうがないなあ」という風に顔をしかめた。でも、けっして怒っている風ではなかった。
 そんなスンヨプのやさしさがうれしかった。


 話がそれたが、スンヨプは客引きに連れられ、今度は7人ほどの韓国人とワゴンに乗り込んできたのであった。早くも訪れた再会に僕らの話は弾んだ。
 僕らはワゴンに乗せられるままに宿について、ドミトリーに落ち着いた。スンヨプと僕は隣のベットになった。
 一休みして、朝ごはんを韓国人たちと一緒に食べていると、また、ワゴンの運転手をしてたウイグル人がやってきて
「トルファン一日観光にいかないか?」
と、誘いをかけてきた。
 余談だが、トルファンであったウイグル人はすごかった。このウイグル人はウイグル語はもちろんのこと、北京語、英語もぺらぺら喋っていたし、日本語もすこし喋るようだった。このほかにも、ネイティブと見まがうくらいの日本語を喋るウイグル人。いろいろだった。観光都市のトルファンで儲けるには、外国語を学んで観光客を相手にするのが手っ取り早いだろう。ここでも、金という普遍原理が見えかくれする。それにしても、他の観光地と比べても特にトルファンはすごかった。


気温は高いが、湿度は低く、ぶどう棚の中は本当に快適だった




 トルファンには名所が多いが、それぞれ郊外にあり公共交通機関で回るのは骨である。ここでも今までの例にたがわず車をチャーターすることになる。僕らは、韓国人7人、日本人1人、中国人1人という編成で一日観光に出かけることになった。


 観光地はどれもすばらしいものであった。青い青い空の下の火焔山、偶像崇拝を禁じるイスラム勢力に破壊されてしまったのは残念だが、なおかつかつての壁画を残すベゼクリク千仏洞、玄奘にまつわる話で有名な高昌古城、地下水路のカレーズ。なによりすばらしかったのは交河古城。岩場を削ってできた町の遺跡なのだが、それをうまく描写する筆力がない自分が恨めしい。


 昼ごはんは、ぶどう棚の下にあるレストランで食べた。トルファンは火州と呼ばれるくらい気温の暑いところである。夏ならば平気で40度近くまで行く。しかし、ぶどう棚の下は別世界だった。もともと乾燥しているから、直射日光を避ければ涼しいし、水路を流れる水の音やぶどう棚の風情が清涼剤となってくれる。僕らは、ゆっくり涼みながら新疆名物のラグメン(羊肉とトマト・ピーマンなどの野菜をいためた焼きうどん)を食べて、ぶどう棚のぶどうをつまみながらゆっくり休憩した。


 夜はというと、冷えたビールを探し出し(中国ではまだビールを冷やして飲む習慣がなく、冷たいビールを探すのも一苦労だ)皆でテーブルを囲む。やっぱり中華は大人数で食べるのがおいしい。
 それで、その日はスンヨプが起こしても反応がないくらいぐっすり寝たというわけだ。


背中姿のスンヨプと、トルファンのイスラム寺院


 


 次の日は、朝起きてもそんなにすることがなかった。ただ、昨日の一日ツアーの際に「砂漠の真ん中で一晩過ごし、昔ながらのウイグル人の民家を訪ねるツアー」を例のガイドに持ちかけられていた。朝ごはんを例によって一緒に食べていると、それに行こう、という話になった。値段は、夕食代、ビール代、宿泊費、車代等すべて込みで100元くらいだったと思う。韓国人の中で、中国語が出来る人が一生懸命値切ってくれた。
 
 ツアーは4時くらいに出発ということで、僕らは暇をもてあました。バザールをめぐって、いろんなものを食べたり、帽子を買ったりとしたがせいぜい2,3時間もあればおわってしまう。
 僕らは、宿の近くのレストランで冷えたビールを昼から開けてゆっくり過ごした。


 ついつい、酔いの力もあってか、ギターを弾いてくれといわれて一曲披露した。すると、たまたまそれを聞いていた、食堂のウイグル人のおばちゃんや隣でご飯を食べていたウイグル人の若い女性も拍手をしてくれた。ウイグル人の女性は、ホテルで毎晩行われているウイグル舞踊のダンサーをしているそうである。
 下手な演奏と歌だが、様々な人から拍手を受け悪い気はしなかった。
 おわったあと、スンヨプは、
「君のギターはほんとにいいなあ。今日は、砂漠にギターを持ってきて、みんなに聞かしてくれ」
と、うらやましそうなまなざしを向けて言ってきた。
 「OK。そうしよう」
 ひそかに、砂漠の真ん中で思いっきり歌ってみたいと思っていた僕は照れながらも、スンヨプの申し入れを受けた。


これは、広西省からきた中国人のカメラマンらしい女性がとってくれた写真




 例によって、韓国人7人、中国人1人、日本人1人を乗せた車は郊外に向けて出発した。ウイグル人の民家で夕食や歯磨きなどをすませると、いざ夕焼けの砂漠に出発。
 僕は、この際回りの目なんか気にするか、とギターを取り出して歌った。こういうことも周りに日本人がいたら恥ずかしくてしづらかったかも知れない。
 みんなはそんな僕が歌うのを聞きながら、沈む夕日を眺め、遊んだ。何曲かみんなのリクエストに答えつつ歌った。
 ビートルズのリクエストが何曲かあった。「let it be」「two of us」「yellow submarine」砂漠に似つかわしいのかどうなのか。西域の砂漠の上で、不思議な国籍のメンバー構成で、しかもビートルズ。もともと妙な取り合わせといえばそうなのだけども。
 砂漠の夜の帳は、幕を下ろしたようにすぐに下りた。


 すっかり日が暮れると、ビールを飲みながら車座になって話し込んだ。みんなの自己紹介を聞くと、中国留学中の人や、リストラされてしまって長期旅行に来たおっちゃんなど、いろいろな人がいることがわかった。唯一の中国人の女性は、広西壮族自治区から旅行に来ている人で、普段は会社に勤めているが、オーケストラにも所属しておりバイオリンを弾くという。非常にいいカメラを持っているし、お金持ちなんだろう。


 愉快なひと時だった。思い返してみると、英語での会話だったのが不思議に思えるほど、自然に語り、飲み、僕らは夜を明かした。


 夜は、そのまま砂漠に布団を敷いて眠るのである。砂漠の夜は結構冷えるが、布団をかぶっていればなんとかなる。僕らは、語り明かしつつ、いつの間にか眠りに落ちた。


 妙な開放感がある。
屋根もないのに、大地に、大空に、包まれているような。


 こうして旅行に来ている僕だが、特にこの一年はいろいろな苦しみを抱え、乗り越えてやってきたと思っていた。
 ―When I find myself in times of trouble,mother mary comes to me,,,
さっき歌ったビートルズの一節が頭をかすめた。
こうして、砂漠の真ん中で、自分が地球と一体になったように感じながら思う。


「それは些細なことだ」
と。


 サバクホテルは、一泊百元。ビールとご飯と素敵な仲間つき。
日常に疲れたあなたにも、いかが?


サバクホテルに向かう韓国人の仲間