2004年8月10日火曜日

シルクロードの旅-プロローグ



 「西域」

 この言葉を思い浮かべるたびに、心は浮き立つ。
これは、中国の西側、現在の新疆ウイグル自治区を指す呼称である。或いは、広く中国の西方面―西安以西、インドや中央アジア―を意味する。シルクロードといったほうが通りがいいかもしれない。
 この言葉を耳にして、あなたは何を考えるだろう。砂漠,ラクダ,西遊記,あるいはシシカバブのような食べ物のことを思い出す人もあるかもしれない。

 僕は、班超という人が好きだった。虎穴に入らずんば虎児を得ず、西域を駆け回ること30余年,老いて玉門関をくぐり何を思ったか。
 中学生のころ、井上靖の「異域の人」という短編に心を躍らせたものだ。
 彼は、後漢書を編纂した班固の弟であり、後漢初期、匈奴に支配されていた西域を平定するのに大きな功績があった人である。
 そんな西域に、以前から漠然と行きたいと思っていた。兵どもが夢のあと―ではないが、僕の抱く「西域」のイメージは一言ではいい難いがこんなである。

どこまでも青い空とサバクとラクダ、ありきたりだがシルクロードのイメージはそういう感じだ



 2004年6月の終わり、司法試験の論文試験への準備に追われる僕に俄かにこの憧れの地を訪れる計画が湧き上がった。
―試験が終わった後の遊びの予定っていうのは今のうちに立てておくものなんだよ。それを糧に試験まで頑張れるんだ―
ある先生の言葉が心に響いた。法律に関する質問をしている機会であった。
 試験のことで頭がいっぱいで行き詰りかけていた僕にその言葉は新鮮だった。早速僕は中国行きのフェリーのチケットを予約してしまった。
「計画なんか後からついてくる―」
いつだってそうなのだ。
キャンペーンで往復2万8千円、上海でのホテル一泊と一ヶ月の中国ビザつきでこの値段である。しかも出発はお盆の時期の8月10日。飛行機ならこの何倍もするであろう。
すでに、僕の心は想像の中のシルクロードをさまよいはじめていた。もちろん、ほどほどに、ではあるが。
 こうして、中国の旅についての夢想を清涼剤に僕は試験を乗り切ったのである。

 試験が終わると、旅行に持っていくための小さなギターを半ば衝動買い。こうして、中国語もまったくわからない浪人生の初めての中国一人旅が幕を開けるのであった。